均整法の基本三原則(平衡性、可動性、強弱性)

「均整法の基本三原則(平衡性、可動性、強弱性)」

 

 均整法の基本三原則「平衡性」「可動性」「強弱性」には、そのカタチやはたらきを表現するものと、手技としてのカタチがあります。


つまりは、『位置・その目的』 と 『手技』 としての違いです。


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〔位置・その目的としての『平衡・可動・強弱』〕



平衡性・可動性・強弱性の位置は、 椎骨の「一側」「二側」「三・四側」をいい、

平衡性は「骨格」

可動性は「筋肉」

強弱性は「神経」

を表しています。


 人のカラダは、骨格、筋肉、神経がその主な構成物と支配であり、現代でいう「運動器学」という学問の部類にはいります。


 数年前までは、「運動器学」という学問はありませんでした。

「解剖学」として、骨格、筋肉、神経、器官、臓器、などはありましたが、『動き』に関する構成物をまとめて考えた学問はありませんでした。


「理学療法」や「作業療法」はありましたが、一般医学より下位にあるものとしてあつかわれていたように思います。


 『姿勢保健均整学』では、

“動けること” “動きが潤滑であること” “動きのコントロールができること”という、『生活の質』に重点を置いています。


 それが『動物』という種に属する『人間』の大きな特質、だからです。


 種の分類は、「動物」 「植物」 「鉱物」 になります。

 「生物」を考えれば、「鉱物」は除外されます。


「植物」は、土壌や環境に左右される部分が多く、環境に合わなければ芽吹きさえできず、

日光や水がなければ育ちも実りもなく、子孫を残すこともできません。


一方「動物」は、あった環境に移動し、えさになるもののあるころに“移動”することも可能です。

要は『動物の特色』は、“動けること”なのです。


 その『動き』に重点を置いた「療術」(癒やしの手法)が『姿勢保健均整法』であり、

『姿勢保健均整術』の平衡・可動・強弱へのアプローチ(手法・技術)になります。


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 〔なぜ、平衡・可動・強弱なのか?〕


 現代、わたしたちが「医学」といえば、そのほとんどが「西洋医学」です。

 唯物論を元にした「西洋医学」は、 分類を得意とし、すべてのものを分けて、効率、効能

 における良否を分けていきます。


「西洋医学」もどんどん細かく分類され続け、その「専門」が分かれ、となりの「科」がなにを

しているのかわからなくなっていることが多いです。

 (そのため最近、大きな病院では「総合医療科」ができています)


 私の友人の旦那様は、船橋市の公的に近い病院で ”朝、すこし手がこわばります”と

 訴え、「なってからでは治療がたいへんなので、リウマチの処方を…」といわれ、薬を

 服用しました。    …数時間後に発病し、数日の内に亡くなりました。


 医学の専門的な知識を学び、そして統合的な知識がなくては、わたしたちが“自分勝手”

 に「病(やまい)」を判断することは不可能です。


  現状では、担当医の言っていることが正しいのかどうかは、医師への信頼と、想像でしかありません。


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  西洋医学の専門家ではなく、総合医療の知識もないわたしたちが、カラダの不調の原因

 を探るにはどんな方法があるのでしょうか?


 カラダの臓器や器官には、それぞれ専門のはたらきがあり、治療法もちがいます。

まして、医学辞書を見ても、感覚的には80%以上が 「原因はよくわかっていない」という記述です。


 原因がわからないまま、その場限りの 『対処療法』 をおこなっているのが、現状、と

 いえます。


 病院に行って、不調を訴える患者さんも、80%以上が、「不定愁訴」

 医学的に原因がはっきりしない「愁訴」だそうです。


 これを『姿勢保健均整学』で観、普遍的、大局的な見地から推測すると、

 平衡性のくるい、可動性の欠落、強弱性の不均衡、ということになります。


 『形』や『自律神経や内分泌のはたらきのバランス』の平衡性がとれているか。

『動き』はいいかどうか。


『力』 がはいるか、はいらないか。 『持続的なはたらき』ができるかどうか。


という「平衡性」 「可動性」 「強弱性」で、ある程度の判断ができることになります。


そしてそれは、 『形』 と 『動き』 に 現れます。